tiger lily鬼百合が言ったこと Hans Christian Andersen作 the Snow Queen「雪の女王」

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雪の女王」 と言えば、最近の子供にとっては「アナと雪の女王」なのでしょうか。

今日は、アンデルセンの「雪の女王」のお話です。

幼かった時に読んだ「雪の女王」は懸命に大事な友達Kayを捜して旅する少女、 Gerdaの物語だったのですが、今になってこの物語にもう一度目を通してみると様々な違ったものが見えてきます。

子供には難しいだろう、と思える箇所があちこちにありました。

例えば、インドのサティのことです。幼い時には、その部分はそのままパスして何のことかわからずじまいでした。

サティのことがtiger lilyのお話として語られているのです。

雪の女王」は七つのお話から出来上がっていますが、このtiget lilyのお話はStory threeの中に出てきます。

Gernaが Kayのことを花たちに聞いている場面です。

tTiger lilyは何と言ったでしょうか?

"Do you hear the drum? rub-a-dub, it has only notes, rub-a -dub, always the same. The wailing woman and the cry of the preacher. The Hindu woman in her long red garment stands  on the pile, while the flames surround her and her dead husband. But the woman is only thinking of the living man in the circle round, whose turn with die eyes burn with fiercer fire than that of the flames  whichi consume the body. Do the frames of the heart die in the fire?"

[これが私の話」と言ってTiger lilyは話を終えます。

炎の中でこの赤い衣服の女性はただその”生きている”男のことを思っている(その人は行われているサティの周りにいる)と。

サティとはインドの習慣で、ほかの言葉でいうと殉死です。

殉死と言うものは古代からありましたが、このインドの習慣について初めて知ったのは二十年ほど前だったでしょうか。今の世に、そんな前代未聞の非近代的な習慣がまかり通っているのかと驚いてしまいました。私が読んだアーティクルには サティが施行されている写真が添えてあり「この習慣が最後に行われたのは1974年だった」と書かれてあったと思います。世界から猛烈な反対抗議があったそうです。

施行される女性の近親者を含めどのような気持ちでそんな野蛮な悪習を実施するのか理解できませんが、カースト制度がどうにもならないのと同じで悪習と分かっていても個人の力ではどうにもならないのでしょうか。

サティを施行されてしまう寡婦としては、今の時代、喜んで…という事は絶対ないと思います。その場から逃げようとすると家族たちが燃えている木々や灰を彼女にかけて火の中に戻るように説得するそうです。

サティから逃げてしまった寡婦はインドにおいて最下位のカーストに落ちてしまう、とか。インドとは不思議な国ですね。

この国を旅してて人生観が変わった、と言う多くの人に会いました。

アラブの格言(?それともただ昔から語られていることでしょうか)を思い出しました。

「若い娘は年老いた男に嫁ぐがいい。男が逝ってしまったら若い男と結婚するがいい。その男と別れたら、自分と同じ年頃の男と結婚するがいい」

これって寡婦が苦労しないように、というアラブの知恵なのでしょうか。

古くからの知恵って本当に昔から伝えられてきたものなんですよね。たとえば、ローマ時代には、人生わずか25歳くらいだったというから、この教えも分かるような気がします。

少々、話がそれてしまいましたが、ほんの数年前にまたもやこの悪習が実施されたそうです。

アンデルセンは19世紀に生きたデンマーク童話作家ですがサティは当時のヨーロッパにも知られていたという事ですね。

鎖国時代の日本、キリスト教が禁止されていた時代の日本の踏み絵の習慣が18世紀に書かれた「ガリバー旅行記」の中に書かれています。ガリバーはその踏み絵が行われていた時代の日本にやって来ました。そして、踏み絵をしています。

今のようにワンクリックで瞬時に多くの人にニュースが送れてしまうコンピューターなど無論ない時代のことです。どのくらいの時間を費やして世界のニュースは他の地域へと伝えられていたのでしょうか。

童話でありながらこのように子供には理解できない怖いお話が童話の中に存在する、ということは、また、別の理由が垣間見えてきます。

ほんの19世紀ころまで、ヨーロッパにおいては「子供」という観念がなかったのです。子供服と言うものもなかったのです。それまでの絵画をご覧になるとわかりますが、子供たちは大人の服のミニチュア版を着衣しています。

豊かな家では子供たちは乳母に預けて親たちは面倒を見なかったという現実がありました。「ガリバー旅行記」の作者、Swiftも幼かった時、長いこと乳母の家に預けられたまま、親の愛を知らずに育ったという経緯がありました。