名前
以前、イタリアにMaria Innocentiと言う友人がいました。名字を英語でいうとInnocentです。つまり、「罪がない」こと。
イタリアでは親を亡くした孤児とかを手厚く保護する施設が数百年前からありました。
イタリアに旅した時、その施設を見ましたが、出入り口の上部、屋根の下には子供の情景をデザインした美しいレリーフの飾りがあ りました。それを印象深く覚えています。
さて、Maria Innnocentiと言う名前ですが、彼女のご先祖様にはそのような施設で育った人がいるだろう、ということです。
大英帝国でも、同様に孤児の名前は捨てられていた、見つけられた場所によって名字が付けられたようです。たとえば、Templeです。
ところで、Maria Innocentiですが「罪のないマリア」と言う意味です。
Mariaを付けた洗礼名は Maria Dorothy とか、よく知られたところではMaria Theresaとかありますが、 Maria Dorothyは「悲しみのマリア」と言う意味です。
イスラエルに旅した時,キリストが十字架を背負って歩いた道を私たちも歩いてみました。現在、その道は、Via Dororosa[悲しみの道」と呼ばれています。
人の名、地名からも歴史を垣間見ることができますね。
この「悲しみの道」も、キリストがこれから起こることを思いその岩のそばでさめざめと泣いたという岩や、その岩のあるゲッセマネの庭、キリストが捕らえられたところ、などなどすべて割とまとまったところ,歩いて回れるところにあります。すべて私たちが止まったホテルの近くでもありました。
ホテルから丘を降りるすぐのところにゲッセマネの庭があり、そこを降りるとハイウエーの上にかかっている橋に出ます。
その橋からデービド、ソロモンなどのお墓も見えました。
橋を渡ると旧市街がすぐで、そこにこの「悲しみの道」はあるのです。
旧市街に入るには検問所がいくつもあり、なにかあるといつもの検問所は通行止めで大回りをしてホテルに帰らなければならなかったりでした。
街中いたるところに隠しカメラはあるようでしたし、イスラエルって不思議な国でした。イスラエル旅行については、そのうち書きたいと思います。