再びShakespeare
学生時代、試験において英単語の綴りの間違いを指摘された経験はありますか?
発音の記憶から綴ってちゃんとかけていてもきっちり合っていないとペケなんですよね。私もそんな経験あります。
文章が伝わっていても綴り間違いで点を失くす、という経験はよくあることでしょう。
しかし、このspellingというものは歴史的には非常にいい加減なものであったようです。
17世紀のイギリスでは一つの単語に対し、様々な綴りが混在していたようですよ。
例えば、現在のwhereに対しては、 wher, whair, wair, wheare, were, whearなど、これほど多くの文字があてられていたとか。
人名についてもフレキシブルで、シェークスピアのhakespeareの名前の表記に関しては、 Shagspeare、 Shakespere、 Shakestaffeなど80種類以上の綴りの記録が見つかっているそうです。なお、既存するシェークスピアの自筆の署名には6つあって、その中で同じ綴りのものは一つもないとか。
また、シェークスピアの遺言状にはシェークスピアの自筆の署名が2箇所あり、その一つはShakspere であり、もう一つはShakspeareなのだそうです。
面白いのは、様々なシェークスピアの綴りのうち、シェークスピア自身が一度も使わなかった綴りが、現在のスタンダードであるShakespeareなのだとか。
誰がこれをスタンダードにすると決めたんでしょうね。
言葉というものは何よりもまず話し言葉であり、綴りよりも音が優先されていたという事なのでしょう。
私のドイツの友人夫婦(Dusseldorfの近くに住んでいます。ところでdorfて「村」という意味です。今は大きな都会ですが、昔は村だったという事なんでしょうね)はご主人も奥さんのほうも英語を書くとさっぱりです。
凄いいい加減な綴里の手紙が届きます。
しかし、彼らは英語をしっかり耳で理解し、コミュニケーションの道具ととして使っているのだから、それでいいのだ、と思ったりもします。
彼らは問題なく海外の人たちとあの英語で自由にコミュニケーションしているのです。
奥さんの方はドイツにあるイギリス軍の基地で仕事をしているのですから、日本人としては驚くところがあります。
一度、彼らの家でその軍関係の人たちを招いてのパーティが開かれたことがあったのですが、二人の英語は実に流ちょうに聞こえました。
それにしても、日本の英語教育って私たちが学生の頃に比べて向上(?)したのだとは思いますが、今もこんなものを習ってどうなる?ということを詳しく教授し生徒たちも必死で覚えようとしているのは確かです。
コロナ禍の関係で随分とレッスンがジャンプしたりページは飛ばされてしまったりもしているみたいです。
第1文型、第4文型などなどと詳しく習っていたり、不定詞の「形容詞扱い」、「副詞扱い」などと習っているのをめにするとそんなこと喋るためには何にもならない、と思えてきます。
彼らはこの先、英語の専門家になるわけではないのです。
夫にそのようなことを日本では中学2年で習う、と言ったらノルウェーではそんなことを習ったことはない、と言っておりました。それとも忘れているだけでしょうか?
大学でラテン語まで専門的に勉強した人ですが。