アメリカ英語 イギリス英語 new language old language 

 

 

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なんで同じ英語なのにアメリカ英語とイギリス英語はこんなにも違わなければならないのか、と思ったことはないですか?

Englishはもともと英国で喋られていたものです。

新大陸アメリカには、多くのイギリス人が移住して行ったので必然的にそこでは英語がしゃべられるようになったという事です。

じゃあ、どうしてイギリス英語とアメリカ英語は綴りが同じではなくなってしまったのでしょうか。

植民地であった当時のアメリカでは、英語をちゃんと書けない人、綴れない人が多かったため、アメリカのある学者が誰でも理解しやすい様に簡素化したのです。

世界に知られる曲を沢山作り出した音楽家、フォスターも英語の綴りがかなり間違ったままで歌詞を書いていたとか。

アメリカが英国の植民地であった時から時間を経た今では、無論、その当時にはなかった新しいobjectに対する言葉は同じ言葉ではないようです。

漢字文化を背負った日本語も近代になって走るようになった列車を汽車と言いますが、中国では火車と呼び、汽車とはバスのことですものね。

乗り合いバスの外側には公共汽車と書いてあります。

発音をカタカナで書くとゴンゴンキッチュです。

なんとなくかわいく聞こえませんか?

また、手紙と書くとtoilet paperのこと…こんな風に変わってくるんですね。

ところで、中国では、今の若い人たちは簡体文字しか書けないようです。

ある中国のホテルのレストランでのことです。

毎日そこで食事をしたのでそこの人たちと親しくお話をすることができました。

麻婆豆腐、炒飯などいろいろと発音を直してもらったり・・・。

英語が通じなくなると漢字でのコミュニケーションになってしまったのですが、私は簡体字がわからなくて。

豊と言う文字を書きましたが理解してもらえず、この豊かと言う文字でなく、自分でも裏覚えのもっとややっこしい昔の豐と言う字ならわかるか、とを何とか書いたら彼らに大笑いをされてしまいました。

おいおい、あなた方のご先祖さんはものの形を観察してその形から字を創り上げたんだよ。

笑うようなことではないだろうに、と思ってしまいました。

結局、なにかを新しい形にしてしまう事は文化の一部が抜け落ちるという事でしょうか。

古い豊と言う字はまさに麦の穂がたわわに実っているという感じで美しい字だと思います。

台湾ではその古い方の字がちゃんと今でも使われています。

街の中でも目にします。

その字がデザインされて青い麦がたわわに実っている字に見えたりすると感激してしまったりしたものです。

この間、アメリカ映画だったかを見ていてあることを発見しました。

中国語でのふりかえ、subtitleもついていたのですが、台湾で使われている中国語はtraditional Chineseとなっていました。